大豆栽培のBNFにおけるニッケルの重要性

大豆栽培の生物学的窒素固定におけるニッケルの働き

1月 3, 2024
20 分
Hellismar Wakson da Silva
ブラジル
Fabiano Pacentchuk
ブラジル

はじめに

大豆(Glycine max L.)はアジア原産のマメ科植物で、世界各地で栽培されています。古くから栽培されてきた作物で、東半球(原産地)と西半球の両方において、直接的または間接的に、何十億もの人々の食生活の基盤となっています。

大豆は食用及び飼料の両方に利用される作物で、約40~42%の良質のタンパク質、20~22%の油、20~30%の炭水化物を含みます。このような特徴から、大豆は全粒であれ粉砕して油や粉にしたものであれ、人間や動物の主なタンパク源となっています(Pimentel et al.)。大豆のタンパク質の性質は、肉、乳製品、卵のそれと類似しています(Mendesら、2004;Lodhiら、2015)。

図1のデータによると、1976/77年の収穫以来、ブラジルにおける大豆作物の作付面積と単収はともに急増しています。2019/20年の収穫では、作付面積は3,680万ha、全国平均収量は3,373kg/ha(=337kg/10a)でした。

図1. ブラジルにおける大豆の作付面積と単収の推移。出典:CONAB、2020年

 

大豆の重要性の次に、この作物の収量性に直接関係する要因を理解することが不可欠です。大豆作物の収量が窒素の総吸収量としばしば関連することが知られており、最終的に、この窒素の総吸収量は、生物学的に固定された窒素および/または土壌溶液から吸収された窒素の量に依存します(Santachiara et al.)。

 

大豆栽培における生物学的窒素固定(Biological Nitrogen Fixation、以下「BNF」とします)

窒素を多く吸収することは、大豆品種、特に多収品種にとって必要条件です(Santachiara et al.)。この意味で、文献によれば、大豆1トンを生産するのに約80 kg /ha(=約8kg/10a)の窒素が必要です(Salvagiottiら、2008)。窒素は大気中に豊富に存在しますが(78%)、この膨大な量は植物、動物、人間には利用できません(Coskan and Dog, 2011; Yang et al.)。一方で、BNFは、植物が微生物と関連して、大気中の窒素(N2)を植物の成長に利用しやすいアンモニア(NH3)に変換するプロセスです(Yang et al.)。
しかしながら、多収条件下では、土壌およびBNFからの窒素供給は、大豆生育期間中の窒素需要を維持するのに十分でない可能性があり、最高収量に到達するのに必要な窒素要求量を満たしません(Salvagiottiら、2009)。その結果、BNF によって固定される窒素総量は300~400 kg/ha程度であり、高収量を支えるには不十分であることが指摘されています(Santachiaraら、2017;Ciampittiと Salvagiotti、2018)。高収量かつ、またはBNF効率が低い状況は、窒素と炭素バランスに悪影響を及ぼし、その結果、土壌の長期的な健全性と持続可能性に影響を及ぼす可能性があります(Córdovaら、2019)。
この問題は、基肥や土壌への無機窒素の投入によって克服することができますが、BNFによって固定される窒素の量は土壌中の窒素吸収量と負の相関があるため、土壌溶液から吸収される窒素が1 kg/ha増えるだけで、BNFに由来する窒素が1.4 kg/ha減少することになります(Santachiara et al.)。さらに、窒素肥料の使用には高い経済的・環境的コストがかかるため,大豆栽培が成り立たなくなるのは確実です。
BNFは、高収量に到達するのに十分な窒素を供給するには不十分かもしれず、依然として生物学的・生物学的要因の影響を受けやすいが、生産技術の進歩と長期的な土壌の持続可能性のためにBNFが重要な役割を果たすことについては、共通の認識が醸成されています(Córdovaら,2019)。

 

ニッケル

農業、特に大豆栽培におけるニッケル(以下「Ni」とします)の役割を理解しやすくするため、Niの本質をヒドロゲナーゼとウレアーゼに細分化しています。

 

Niの必須性

生物にとってのNiの必須性に関して、初めて報告されたのは1975年でした。この研究では、ウレアーゼという酵素の構造組成に1分子中2原子のNiが含まれていることが示されました(Dixonら、1975年)。8年後の1983年、Eskewら(1983)は、養液栽培で大豆の研究をした際、高濃度の尿素の蓄積による葉の末端の壊死を発見し、過剰な尿素の蓄積を防ぐには、ウレアーゼの構成成分であるNiが必要であることを示唆しました。Niの必須性はEskewら(1984)によっても示唆されました。Eskewらは、Niは高等植物において基本的な役割を果たしており、Ni欠乏に対する大豆とササゲの反応の類似性から、その重要性は一般的であると述べています。これらの先駆的な研究の後、Niの他の機能が発見・研究され、ついにNiは植物にとって必須元素のリストに加えられました。
Niは周期表の28番目の元素です。銀白色の金属で、さまざまな原子価(-1~+4)にあります。しかし、自然界では2価(Ni2+)が最も一般的です(Denkhaus and Salnikow, 2002)。この元素は、植物、動物、人間にとって不可欠です(Sreekanth et al.)。
土壌中のNi濃度は、供給源と形成過程に依存します(Ureta et al.)。一方、土壌中のNiの可給性は主にpHによって変化し、塩基飽和によって間接的に変化することもあります(Macedo et al.)。pH6.5以下では、土壌中のNi化合物は比較的可溶性であるが、pH6.7以上では、Niの大部分は不溶性の水酸化物として存在します(Sreekanth et al.)。ブラジルでは、農地土壌中の利用可能なNiの上限が決定されていないため、施肥の推奨は行われていません。その結果、土壌中のNi可給性を分析するための特定の試薬液の推奨もありません(Rodakら、2015)。
Niは植物の様々な生理的プロセスに影響を与え、酵素活性にも含まれるため、発芽から収量性まで、幅広い形態学的・生理的機能において重要な役割を果たしています(Van Assche and Glijsters, 1990; Sreekanth et al.)。

Niが果たす基本的な役割の中でも、ヒドロゲナーゼとウレアーゼに対するその重要性は際立っています。

 

ヒドロゲナーゼ

BNFのプロセスでは、水素(H2)などの副産物が発生します(Polacco他、2013;Macedo他、2020)。そのプロセスで発生した水素(H2)は根粒中で遊離し、窒素酸化酵素と競合する可能性があります。この酵素は窒素(N2)と水素(H2)を受け取ることができる結合部位を持っているからです。したがって、発生したH2がニトロゲナーゼのN2と競合すると、BNFプロセスの効率が低下する可能性があります(図2)。

図2. 大豆における養分とBNFの相互作用を示す模式図。師部と木部における破線の矢印は、木部における水(H2O)と養分(M)、または師部におけるスクロース(SC)、ウレイド(UR)、アラントイン(AL)、アラント酸(AAL)の輸送方向を示す。水分が根から吸収され根粒に運ばれると、加水分解されてH+の形のエネルギーとなり、スクロース呼吸によるATPとともにBNFの基質の一部となる。クレブスサイクル(CK)でATPを生産するには酸素(O2)の存在が必要で、この酸素は酵素レグヘモグロビン(Lb2)によって根粒内に運ばれる。この酵素は、コバルト(Co)を構成元素とするコバラミンから合成される。窒素(N2)が根粒菌(バクテロイド)に入り、ATPとH+が存在すると、ニトロゲナーゼ酵素がN2の三重結合を切断し、2つのアンモニア分子(NH3)とH2を生成する。このH2はニトロゲナーゼのN2と競合し、この酵素を不活性化してBNFを停滞させる。
しかし、2個のニッケル原子からなるヒドロゲナーゼ酵素によって、H2は水素化を受け、その生成物は2個のH+となり、ニトロゲナーゼのエネルギー源として利用される。ニトロゲナーゼはモリブデンと鉄を含む酵素である。N2を2つのNH3に分解することで、これら2つのアンモニア分子はバクテロイドの外へ拡散する。

そこでNH4+にプロトン化され、酵素的にグルタミン(GLU)に変換され、続いてウレイド(UR)、アラントイン(AL)、アラント酸(ALA)に変換され、葉茎を通じて結節から葉に輸送される。注目すべきは、BNFからの窒素の90%はウレイドの形で地上部に輸送されると推定されていることである。

SC-スクロース;H2O-水;M-栄養素;Ni-ニッケル;Co-コバルト;Mo-モリブデン;P-リン;Fe-鉄;N-窒素;Lb2-レグヘモグロビン;ATP-アデノシン三リン酸;CK-クレブスサイクル;UR-ウレイド;AL-アラントイン;AAL-アラント酸;GLU-グルタミン;NH4+-アンモニウム;NH3-アンモニア。

 

もう1つの可能なルートは、おそらく最良の選択肢であろうが、生成された水素ガスがヒドロゲナーゼ酵素によって再酸化され、ニトロゲナーゼによる前回の還元に使われたエネルギーの一定量が回収されることです(Gonzalez-Guerrero et al.)。このようにして、ヒドロゲナーゼは水素分子(H2)のプロトンと電子への酸化を触媒します(Brazzolotto et al.)。水素の酸化は、窒素をアンモニアに還元するのに必要なエネルギー(ATP)を供給するため、窒素固定の効率は即座にヒドロゲナーゼの活性に依存することになります。この水素の再利用は、大豆のようなある種の共生システムにおいて、作物の生産性を著しく向上させることに関連しています(Albretch et al.、1979)。
しかし、ヒドロゲナーゼの生合成は、少なくとも15種のアクセサリータンパク質が関与する複雑なプロセスであり、そのうちのいくつかは、酵素の活性部位への必須ニッケル原子の挿入に関与しています(Ureta et al., 2005)。この文脈において、NiはH2リサイクルが行われるために必須です(Freitas et al.)。
したがって、土壌中に存在するNiのレベルが低いと、ヒドロゲナーゼの活性に影響を与え、BNFの効率に影響を及ぼします(Ureta et al.、2005)。前述の事実は、Seregin and Kozhevnikova (2006)によって強調されており、それによると、Ni2+の欠乏は根粒におけるヒドロゲナーゼ活性を低下させることが示されています。さらに、Niの存在はヒドロゲナーゼの活性を高め、より多くのH2を回収し、プロセスのエネルギー効率を高め、N2還元とBNFプロセス全体を最適化します。よって、ヒドロゲナーゼ活性とニトロゲナーゼ活性の間には正のフィードバックがあると考えられます(Lavres et al.)。
作物にNiを供給し、その結果BNFプロセスを改善するための1つの選択肢は、種子処理です。Lavresら(2016)によれば、種子中にNiが存在するとBNFプロセスが刺激されるが、これはおそらくヒドロゲナーゼ酵素の活性が高まるためであるとしています。Milléoら(2009)はまた、生育期に種子処理または葉面散布によってNiを施用すると、大豆の収量に同様にプラスに寄与することを観察しました。Milléoら(2009)は、種子処理または葉面散布によるNiの使用は、大豆の生産性を4.7%以上向上させることも確認しました。

 

ウレアーゼ

窒素を根粒から大豆の地上部に輸送する主な手段は、ウレイドの形です(King and Purcell, 2005)(図3)。しかし、作物の地上部のウレイド濃度が高まると、BNFは著しく低下します。これは「フィードバック制御」として知られる現象です(King and Purcell, 2005; Fagan et al.)。この文脈において、ウレイドは葉に入るとプリン分解経路を経て尿素に変換され、ウレアーゼによって代謝されます(Zrennerら、2006)。尿素は、2分子のアンモニア(NH3)と1分子の二酸化炭素(CO2)からなる小さな中性の有機化合物です(Wang et al.)。
しかし、尿素分子はそのままの形では利用されず、利用されるためには分解されなければなりません。さらに、上述したように、植物におけるウレイド、ひいては尿素の蓄積は、とりわけ「フィードバック制御」によってBNFプロセスを低下させるため、避けるべきものです。このように、尿素を分解する酵素には、尿素カルボキシラーゼとウレアーゼの2種類があります。このように、ウレアーゼは植物が尿素を利用するための基本であり、尿素の自然分解がアンモニアとカルバメートを生成する半減期が520年であるのに対し、ウレアーゼによって触媒される尿素の半減期は20ミリ/秒であると推定されています(Callahan et al.)。したがって、ウレアーゼは既知の加水分解酵素の中で最も速いものの一つです。

図3. 大豆の葉におけるウレイドの代謝と光合成を示す模式図。Niは、根粒から葉に輸送された後、ウレイド(UR)を2分子のアンモニア(NH3)に分解する酵素であるウレアーゼの合成に利用され、その後、アミノ酸やその他の窒素化合物の合成に代謝される。しかし、Niが欠乏すると葉にウレイドが蓄積し、その結果、フィードバック制御、すなわち根粒のニトロゲナーゼの活性を低下させるシグナルが生成され、その結果BNFが減少する。したがって、BNFプロセスと葉のウレイドと窒素の代謝が活発であるためには、十分なNi供給が不可欠である。さらに、グルコース(GLI)の生産は、このプロセスの活性に不可欠である。
光合成によるグルコース(GLI)の生産は、エネルギー(ATP)およびスクロース(SC)の生産に使用され、BNFのためにエネルギー(ATP)の供給源となる根粒など、植物のさまざまな部分に輸送される。
SC-スクロース;H2O-水;M-栄養素;Ni-ニッケル;N-窒素;ATP-アデノシン三リン酸;GLI-グルコース;UR-ウレイド;NH3-アンモニア;AA-アミノ酸;CO2-二酸化炭素;O2-酸素。

 

ウレアーゼは尿素を2分子のアンモニアと1分子の二酸化炭素に加水分解する役割を担っています(Polacco et al., 2013)。植物では、ウレアーゼはウレイドやアルギニン由来の尿素を同化する役割を担っています(Polacco and Holland, 1993)。
この酵素は、活性部位にNiイオンを利用する金属酵素であり、その活性に必須です(Dixon et al., 1975)。そのため、各活性部位が2個のNiイオンを持つホモ六量体からなり、活性タンパク質あたり合計6個の活性部位を持ちます(Dixonら、1975;Zambelliら、2011)。言い換えれば、1つのウレアーゼサブユニットが、触媒過程に重要な2つのNi2+イオンを構成しています(Seregin and Kozhevnikova, 1975; Zambelli et al. and Kozhevnikova, 2006)。

したがって、ウレアーゼ経路は、Niが重要な役割を果たすもう1つの生物学的反応であり(Freitasら、2018)、この微量栄養素の供給は、上に示したように、大豆栽培におけるBNFプロセスの基本です。

作物の生物学的窒素固定と窒素代謝におけるNiの重要性を理解することにより、当社はバイオステュミュラントと栄養分を供給する2つの製品、BIOZ トパーズとBIOZ ネフライトを開発し、製品に微量栄養素のNiを配合する多大な努力を払いました。

 

翻訳:

田畑正秀 – ICLグローイング・ソリューションズ、ビジネスリード日本・韓国・台湾

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